生活とNPO
9月23日(祝)
祝日なので昼食後、なんとはなしにテレビを観ていたら、NHK教育で寺山修司の特集をやっていた。
番組の後半、寺山さんが亡くなる1ヶ月前に撮られたインタビューで、聞き役はたぶん三浦雅志さんだと思う。寺山さんが三浦さんにこんなことを言っていた。
政治というのは大雑把に社会を変えることができる。でも僕は、演劇というのは生活の隅々までを変えることができると思っているんです。
それを聞いて、僕は生活とNPOの関係もきっとこうなのだろうと思った。「NPOは生活の隅々までを変えることができる。」
なぜ政治家ではなくNPOだったのか?その答えの全てが、この一行に詰まっている気がした。
平成20年9月23日
新しい公共を生み出す挑戦
大学の卒業式の翌日、湘南台のデニーズでNPOを作ってから、約6年が経ちました。その間、時代は変わり、いま私は社会起業家と呼ばれています。
呼ばれるようになると意識し始めるものです。社会起業家の仕事とはなにか?ということを、夜、独りで考えることがあります。
公共の仕事を国や行政に任せきりにして、やれ税金が高いだの、やれ役所の窓口対応が悪いだの、社会になんの利益も生み出さない文句やつぶやきを垂れ流していても仕方がない。文句があるのなら、自らの手で新しい公共を生み出そう。これが私にとっての社会起業家です。
私の現在の仕事はふたつあります。ひとつは、ニートやひきこもりなどの社会的弱者となった若者の自立支援です。彼らのうち、特にアートやクリエイティブな活動に興味を持つ若者たちの学びと創作の場を運営しています。
ふたつめは、夢を追う若者への住居支援です。東京の高額な家賃が若者たちの挑戦の足かせになっているのではないか?という問題意識のもと、漫画家の卵と新人に格安で住居を提供しています。現在、都内に8軒の一軒家を借り上げ、42名の漫画家の卵と新人を支援しています。(将来的には首都圏に若者向けの低家賃住居の整備をしたいと考えています。)
ところで、しばしば、なぜ君はこのような活動を続けるのか?と質問されます。その言葉の裏には、もっとスケールの大きな、もっと稼ぎの良い仕事があるだろう、という意味が隠されているように思います。
大学最後の年、私は自分が何をしたのか真剣に考えました。結論は、何もありませんでした。「やりたいことがないのなら、人の役に立つことをやるべきだろう。」それが私がNPOを始めたキッカケでした。そして幸いにして、「ニーズの代理人」であるべきNPOの仕事は、私には大変向いていました。
私たちの挑戦はまだ始まったばかりです。日々困難や挫折に直面していますが、諦めずに、社会にイノベーションを仕掛けていく所存です。
平成20年7月17日
山本繁プロフィール
慶応義塾大学卒業後、NPOコトバノアトリエを設立。約4年間のボランティア活動を経て、2006年に事業型NPO(社会的企業)へ組織転換。以後、ニートやひきこもりの若者しか入学できない「神保町小説アカデミー」や、ニートのためのインターネットラジオ局「オールニートニッポン」、漫画家志望の若者に格安で住居を提供する「トキワ荘プロジェクト」を立ち上げる。格差が広がっても、若者たちが「もっと挑戦したい!」と思える社会環境の創造に取り組んでいる。
ブログ http://blog.kotolier.org/
[略歴・受賞歴]
1978年5月、東京生まれ
2002年3月、慶應義塾大学環境情報学部卒業 同年同月、NPOコトバノアトリエ設立(ボランティア団体) 2005年3月、かながわボランタリー活動推進基金21「ボランタリー活動奨励賞」受賞
2006年4月、NPOコトバノアトリエを事業型NPO(社会的企業)に組織転換 2006年6月、神保町小説アカデミー開校 2006年8月、トキワ荘プロジェクト開始 2006年9月、NEC社会起業塾2006メンバーに選ばれる(2007年3月まで) 2006年10月、オールニートニッポン放送開始(活動履歴)
2007年2月、社会起業向けビジネスプランコンテスト「STYLE 4th」優秀賞受賞
現在に至る |
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